完全実力主義であるクロノスの養成局では血も涙もないクラス分けが毎月末になされる。
怪我をすれば落ち、迷いが生じれば踏み台にされる。
トップクラスはとりわけ厳しく、試験なしでも現場の教官判断で落とされるため、三期以上トップクラスを維持することは不可能とまで言われていた。
この世代までは。
驚くことに、三人も五期目の試験を危なげなくクリアしてしまった。
次世代のナンバーズはもうこの三人を除くことはできないとまでささやかれ始めていた。
機械のごとく精密に隙を突き、類い希なる度胸としか言いようのない大胆で効果的な攻撃のクランツ。
獣じみた第六感が発達しているとしか思えない動きとどんなむちゃくちゃな試合運びでも必ずといっていいほど勝ちをもぎ取るバルドル。
もう一人、少女がいた。
だ。
これといって特徴がない。ということが特徴の一風変わったスタイルだった。
一対一より一対多が得意というぐらいで、ただ、勝つ。ひたすら勝ちを積み重ねる。
「おい。」
「はい。」
「はい。じゃねぇよ。こっちむけ。」
声をかけたのは赤い髪の少年。が振り向かず平らな返答のみを返すと苛ついた声音になる。
「なんでかな?バルドル。」
穏やかに返答し、は愛用している伸縮警棒を磨き続けた。毎度毎度飽きもせずに、次のせりふは…
「なにがなんでかな?だ!たいがいにしやがれ!こっちむけってんだよ!」
そらきた。口の端で薄く笑いは振り向いた。
同時に警棒と布はしまわれている。
バルドルは握りつぶしかけている紙をずいとに突き出した。
は意外な展開に軽く目をみはり、受け取った。
バルドルが物を差し出すなんてことは、少なくともの記憶には無かった。
受け取ると、それは掲示板からひっぺがしてきたらしく、画鋲の跡がついていた。
「……………新しいこと始めるんだ。」
「らしぃな。」
穏やかな返答に苛ついた声音でまた返事が帰る。
「クランツは?」
「訓練所。てめぇもさっさと来い。」
何故わざわざふんぞり返っていう。
「…負けたんだ。」
笑い含みに言うと拳が飛んできた。
「今から勝ちにいくからさっさと戻るぞ!」
バルドルとクランツは面倒くさいことだけど必要だと思ったことは人にやらせたがる。
例えば、私を呼びにいくこと。
勿論、その間自分の好きなことをするためだ。
例えば、トレーニング。
「遅いぞ。」
「文句を言うな!始めるぞ!」
「もうお腹すいてんの?さっきから怒鳴ってばっかで。」
「あぁ。それはな、午前中に負けた後に私に負けたから…」
「あれ?連敗?珍しい。」
楽しげに二人がバルドルを見やる。
ギリギリと歯ぎしりをしながらバルドルはぎろりと二人を睨みながら唸った。
「どっちからだ。」
「じゃんけん…」
はチョキを出し、クランツはグーだった。
「私だな。連敗記録更新にならなきゃいいな。」
「るせぇ!」
結果、バルドルはクランツの首を押さえ込むことに成功し、これ以上機嫌が悪くなることは避けられた。
「なんで、んなむちゃくちゃな動きで勝てるかねー」
「てめぇこそなんでつまらねぇ教科書の動きで勝てるんだ?」
「じゃ、まぁ、互いにリサーチしましょうか。」
「ハッ。望むところだ。いくぞ。」
言うなり左からのフック。やはりは定石通り死角がわ腕の外側に飛び込み横あいから膝めがけてストッピングキック。
同時に肉薄しているために拳でなく肘をはねじ込むように脇に叩き込む。
そこを強引にバルドルは当て身に入るもはさらに“背後”に回りこんだ……………とったと思えた刹那。
が後ろに飛びすさると“下からかかとが”鼻先をかすめた。
驚くべき柔軟性と反射神経でかかとを飛ばし、そのまま回転し肘、脚が連続してを襲う。
防戦一方に見えるも、もそのままでは終わらず逆に脚をわざと受けそのまま体を崩させ『捕獲』した。
「私の勝ち越しだね」
多少息はあがっていてもやはり平らな声音でのっしとバルドルの上にのりながら淡々というにバルドルはギリギリと歯ぎしりをして瞳を爛々と輝かせた。
「……………珍しいな。がバルドルに勝ち越し?」
少々納得いかない声音のクランツ。
「不思議とは私とお前二人がかりだとなぜか勝てないが一人一人なら勝てない相手ではないのだが?バルドル。」
わざわざ意地悪くのぞき込むように近くによりクランツは言った。
淡々と。
それは長くこれから良きライバルとしてみていくかもしれない相手に対する非難も入っているようだった。
「脚の刈りかたがいつも通り突拍子もなかったけどいつもの勢いに欠けてなかった?やっぱりお腹すいてんでしょ?」
「うるせぇっ早くどけっ」
そのまま持ち上げられそうな勢いだったためは慌ててバルドルの上からどいた。
ドタドタと出口に向かうバルドル。
「もうやめるの?」
「ランニングだ!」
「…………………………?」
「…サンドバッグじゃないのか?」
肩をすくめるクランツ。
「………………」
ちらりとはクランツをみやる。
「………………」
無言で窓から外に向かうクランツ。
「了解。」
その窓から中庭に出れば恐らく先回りして見張ることが出来るはずだ。
かくして、バルドル不調の理由を調査することが無言のままに決定した。
二人は先回りをしては藪の影に腹ばい。クランツは渡り廊下の屋根の上。
は地面の僅かな振動からなじみのある人物が予想通り近づいてきたことにほくそ笑んだ。
だが。
「……………?」
は思わず頭を上げクランツを見た。
バルドルは途中で道を変え、というより元々こちらに来る気がなかったようでランニングコースでなく別の所へ向かってしまった。
クランツが方向を指示した後、屋根を伝い追跡を始めた。
も見失わぬよう追う。
その方向は教育林だった。
教育林。
世間一般の教育林とはまた違う意味での「教育」林。
だからといって当たり前の樹木がないことはない。
湿った朽葉に毒々しい赤が落ちている。
「……………」
バルドルはその赤を一つ拾った。
美しいまま、今が盛りに見える時を選び自ら落ちた花。
きれいに外れた花の首はあまりに自然で元からそういう作りの細工に見えた。
甘い香りがする。
バルドルはその名をなかなか思い出せず、目をすがめた。
(……………?)
は訝しげに眉をひそめた。
(あの花は確か……………)
クランツはわけがわからない顔をしている。
指をすっと頭にあてクルクル回す。
「……………ツブキ、ツバキ、ツブキ……………どっちだ?」
ぶつぶつバルドルがいう。
(ツバキだ。)
も指を頭にあてクルクル回した。
不調の原因。
まさかツバキが?
ぼこり、と何かが記憶の底から泡のように浮かかんだが、それが何か、確かめる間もなくはじけた。
(なんだっけな……………)
ツバキでなく、もう一つ。
何か不吉な。
しかし。
赤く滑らかな花弁に口元を寄せるバルドルを見ていると何故だか思い出せない。
クランツが合図を送ってきた。
あまり長居をするとバレる。
目で頷きはクランツに続いて林から出た。
の手には一つ、土で汚れていたがツバキがあった。
しおれてもなお、滑らかな肌触りの花弁。
黒に近い赤はいつか口からこぼれた血の色。
確かあのときは内臓損傷をしていた。おぼろげな記憶をたどる。
随分前のような気がする。
はた。
と気がついた。
「……………クランツ」
そうだ。
あのとき、首が飛んだ。
名前など知らない。
自分たちと変わらない年の。
だがもう随分記憶の中の顔は幼く。
そのときも、寒かった。
「……………首落ち花……………」
「なんだ。それは。」
「ツバキのことだよ。ほら。」
はツバキをクランツに渡した。
「……………あぁ」
バルドルと花が結びついた。
どうしようもない。
二人の結論だった。
三人は生まれた時から同じ目的で育てられてきた。とはいえ、ずっと一緒だったわけではない。
今の建物に入るための試験でバルドルと組んでいた少年。
相手に首をとばされた。
そして、バルドルはその相手の首を粉砕した。
パートナーを失ってなお、戦意を失わず敵を仕留めたその精神力とスキルに試験官は惜しみない賛辞を送った。
「新しいこと……………始まるんだよね。」
「そこで終わるなら、それまでだ。」
「うん。終わるならね。」
「……………そんなことで終わられたらつまらん。」
「うん。」
ぐしゃり、と握り潰したツバキをクランツは無感動に落とした。
二人は、“普通の”入り口にたっていた。
そばには常緑樹。
無言でクランツは常緑樹に向かった。
カメラの横に陣取るつもりだ。
「……………はぁ。私もそっちがいいのに。」
クランツが視線で『お前は向こうだ。』と言う。
はドアの上、天井との間に飛びついた。
(怒られるかなー。…でもちょっと楽しい。)
そう、思うあたりがトラブルメーカーの資質を示していることに、は気がついていなかった。
じっと気配を殺し待つ。
(おいおい。私が先行か?なんでクランツ仕掛けないんだよ。)
(ーーー今。)
飛び降りざまに両のかかとを落とす。
飛鷹脚。
こんな時でも無ければ仕掛けられない。
リスクの高い技だ。
目的を忘れて気分が高揚しそうになるのを押さえつける。
体をずらしバルドルはなんとかかわす。
「ーーふっ」
体が崩れた。逃さず接近。あえてしかけづらい下段からたたみかける。
重心を安定させてたまるか。
バルドルの目は爛々と輝いている。
(ーー!?)
本能的に腹部をかばい後ろに飛んだ。
衝撃に貫かれる。
「……………っふぁっ」
風が吹いた。
クランツが飛び込んできたのだ。
私より長く肉の打ち合う音がしていたが……………
「止め!!!」
制止が入った。
降級処分。
仲良く三人。
指定された場所以外での正当でない乱闘による。
及び、機材損傷。
「正当性のある乱闘なんてあるのかどうか疑問だねぇ。しかし、カメラ壊すなんて何してんの?」
朝食のオートミールをすくいながらはつぶやいた。
「たまには問題提起もできるんだな。」コーヒーカップを口元に運びながらクランツはチラリとを見た。
「たまには?」
心外そうな声をはあげた。セリフの最後をスルーされたのは気にならないらしい。
「あぁ。たまにはな。」
ふっとクランツが笑む。
「なんなんだよ。てめぇらは!!?まきぞえくらったぞ!!」
苺ジャムをトーストにべったり塗りながらバルドルが叫ぶ。
「「それはお前のせいだ。」」
きれいなユニゾン。
「バルドルがウダウダ調子悪いからさ。いっぱつガツンと。」
「油断大敵だ。すこしは引き締まったか?」
悪びれた様子もなく二人は朝食を続行する。
どうしようもない。
どうしようもない。
君の傷はわからない。
わかってはいけない。
この場所で生かされる限り。
ならばせめて。
癒せないなら背中を押そう。足りないならば、蹴り飛ばしてやろう。
後ろを振り返る暇を与えないほど、現実に引き戻してあげよう。
次々と花が落ちても。踏み潰してさきに進まなければならないとしても。
いつだって、振り返らせやしない。
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